Professor

築山 光一

東京理科大学

理学部第一部 化学科 教授
レーザー分光学

誰も測れなかったものを測る!
「光」を使った未踏の研究領域

「理学」のエッセンスを
凝縮したような学問分野

「分光学」という学問分野がある。これは物理化学の一分野で、光を利用することで物質の構造や反応を調べることを目的としている。新たな「モノ」をつくり出し、世の中のために役立てる手法を模索するのが「工学」だとすれば、ものの本質を追究する「理学」に近い分野だといえるだろう。東京理科大学理学部第一部化学科の築山光一教授の研究テーマは、「レーザー分光学」。話を聞くと理学のエッセンスを凝縮したような研究領域である。 「光合成、光触媒といったキーワードもあるように、光は物質や分子の反応に影響を与えることができます。私たちが取り組むのは、『光を使った分子の高精度測定手法の開発』という世界的にも最先端の研究です。化学には、“今までなかったものをつくる”という分野もあれば、“今まで人が測れなかったものを測る”という研究領域もあるのです」

水素という身近な物質の
まだ誰も知らない表情を探る

 築山教授の研究内容を具体的に見ていこう。ひとつは、レーザー光を用いて特定の分子の反応を調べる研究だ。光は熱などと同様にエネルギーを持っている。光を当てると分子はこれを吸収し、エネルギーが高い「励起状態」となり、通常とは違う振る舞いを始める。研究対象は水素やヨウ素、一酸化窒素など誰もが知っている身近な分子だ。
「例えば、水素にレーザー光を当てると結合距離が伸びたり、結合が切れたり、電子を放出したり......というさまざまな反応をします。実験では、さまざまな波長のレーザー光を当て、励起状態での振る舞いを精密に記録していきます。何に役立つか?そんな焦ってはいけません。私たちは、水素などの身近な物質のまだ誰も知らない表情を探っているのです。いわば、常識の殻を壊して、名前もない概念を取り出そうとしている段階。ここから大発明につながる未知の現象が見つかるかもしれないのです」

気体のヨウ素分子(I2)は、レーザー光を吸収してエネルギーの高い状態(これを励起状態という)に到達する。そのときヨウ素分子は図に示すように、人間の眼には見えない赤外光を発する。このスペクトルを詳細に解析することを通じて、私たちは分子の励起状態における反応過程を調べることができる。

研究室に小さな宇宙を再現し
未知の分子を見つけ出す

未知の現象を突きとめるために
オリジナルの装置を開発する

 分光学を用いた分子測定技術を応用して、築山教授が近年取り組んでいるのが、研究室内に“小さな宇宙”を再現し、新たな分子を発見する研究。どういうことなのだろうか?
「『パルス放電スペースシミュレーター』という光を用いた特殊な装置で、宇宙に存在すると思われる未知の分子を試験的に生成し、その構造をデータベース化しています。つまり研究室内に“小宇宙”をつくり出しているのです。宇宙空間に存在する分子は、自らが発する光で特定することができます。そこで電波望遠鏡を用いて宇宙から降り注ぐ光を観測し、その懐石データを当研究室の分子データベースと照合すれば、新たな分子を発見できる可能性があるのです。これは化学、光、宇宙というテーマが融合するアストロケミストリーという新しい研究分野。まさに、今まで誰も測れなかったものを測る末踏の研究領域なのです」
 宇宙には人類がまだ知らない分子が無数に存在する。梶田隆章先生のノーベル物理学賞受賞で話題になったニュートリノは素粒子だが、それより大きな単位である分子でさえ宇宙空間ではまだ謎ばかり。最先端の化学の知識を駆使すれば、そんな宇宙の謎に研究室の中から挑めるのだ。そして、この研究を支えているのが研究室オリジナルの実験装置。築山教授を中心に学生らで自作している。
「新しいものを見つける実験において、既存の装置が役に立たないのは普通のこと。そのためゼロから装置の設計を考えます。そこでは物理化学の理論はもちろん、機械やプログラミングの知識も求められます。この作業にこそ理工系の研究の面白さが詰まっています。私たちの目的は、この世の中にまだ認知されていない物質や現象を明らかにすること。教科書に載るような基礎的な発見をこの研究室から世界に発信したいですね」

分光学で用いる色素レーザーの内部構造。ミラー、レンズ、プリズム等多種多様な光学部品から成り立っている

レーザーは蛍光灯等より圧倒的に明るい光を発生する。写真のように、レーザー光は広がらずに直進することがその理由の一つ

アルゴンの放電の様子。この放電中に宇宙空間に存在が予想される不安定な分子を生成し、それをレーザー光で調べる

※インタビュー内容は取材当時のものです。