Professor

井田 次郎

金沢工業大学

工学部電気電子工学科 教授
シリコン半導体デバイス/SOIデバイス

デバイス物理の先端研究が
IoTの未来を加速させる!

LSIの極低電力化で
世界を揺るがす数値を実現

 IoT(Internet of Things)という言葉もすっかり一般的になった。「もののインターネット」と訳されるこの産業分野では、あらゆるツールがインターネットにつながった未来像を描き、さまざまな研究が進められている。IoTと聞くと情報工学に支えられていると考えがちだが、研究者の視点は少し違う。金沢工業大学工学部電気電子工学科の井田次郎教授は、スマートフォンやタブレットの動作に用いる電子デバイスの新規開発によって、IoTによる新たな世界の構築に貢献している。「研究テーマのひとつは、パソコンやスマートフォンを動かす基盤となる大規模集積回路(LSI)の極低電力化です。現在主流のMOSFETと呼ばれる構造を用いたLSIは、最先端のものでも動作電圧が1ボルト程度必要です。これに対し、私の研究室では、SOIと呼ばれる構造を改良することで、0.1ボルト程度の低電圧でLSIを動作させる技術を開発しました。世界でもこれだけ低い数値を出している研究チームはほかにないでしょう」

井田研究室で開発した極低電力で動作する新規デバイスSuper Steepトランジスタの構造

NEDO、JST-CREST採択の
大型研究プロジェクトが進行中!

地デジやWi-Fiの電波から
電力を得るデバイスを開発

 IoTの分野では、「トリリオンセンサーユニバース」という概念が注目されて久しい。これは、地球上に何兆個ものセンサーを設置して、モニタリングすることで、防災や環境保全に役立てようという試みだ。しかし、実現に向けた大きな課題となっているのが電源の問題。何兆個もあるセンサーにすべて電池を付けるのは非現実的なので、自然エネルギーを利用して、自律的に動作する仕組みづくりが求められている。井田教授の研究にもこの分野から熱い視線が注がれている。
「壁の振動や人の体温差といった自然環境にあるエネルギーから電力を収集する技術を“エネルギーハーベスティング”といいます。身のまわりのエネルギーは微小なので、極低電力でLSIを動かす電子デバイスの役割は、センサーを設置する上で、ますます重要になるでしょう。また、私の研究室では、地上デジタル放送の電波を電力として利用する技術の開発にも取り組んでいます。これが実用化されれば、非接触の環境でも電力が得られるため、振動や体温に頼らずにセンサーを動作できる可能性が広がります」
 電波を電流に変換する工程は、「整流」と呼ばれ、これを可能にするデバイスの開発も井田研究室の重要なテーマ。現在は、地デジだけでなく、携帯電話やWi-Fiの電波からも電力を取り込むデバイスの開発が進んでいる。これらの研究は、産業界に大きなインパクトをもって迎えられ、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)やJST-CREST(科学技術振興機構のチーム型研究事業)という2つの国立研究開発法人の大型研究プロジェクトに相次いで採択された。予算規模は、1億3,000万にのぼり、現在も東芝やアルプス電気、神戸大学、さらには電気通信大学など20の研究機関と共同研究が進められている。

デバイス物理の基礎に戻り
世界的な常識を超えていく

 そんな井田教授は、もともと沖電気工業に勤務していた職業エンジニア。研究母体を企業から大学に移した理由はあるのだろうか。
「産業界のトレンドに流されず、デバイス物理の基礎に戻って、研究をしたいという気持ちが強くありました。今回のSOIをベースにしたデバイス開発においても基礎になる理論を突き詰めて、MOSFETの限界値を超えられると確信しました。そこで、研究室の学生たちとひたすら実験を繰り返し、この成果に至ったわけです。世界中の企業が何百億円もかけて取り組む先端研究の成果を小さな研究室の地道な実 験で超えることができる。これこそサイエンスの面白いところです」
AI(人工知能)や自動運転などに注目が集まる昨今だが、その裏では低電力デバイスの革新が繰り返されている。オーバーグラウンドに出てこないが、電気電子工学の先端研究は可能性の宝庫。なかでも金沢工業大学の研究動向に世界中の注目が集まっている。

電波など環境電磁波からの発電を可能にするSOIチップ。2.5mm2のチップ全体

電波など環境電磁波からの発電を可能にするSOIチップ。330μmの微弱電波整流回路

SOIチップを用いた微弱電波整流回路を光学顕微鏡で検証中

※インタビュー内容は取材当時のものです。