Professor

池添 泰弘

日本工業大学

基幹工学部 応用化学科 准教授
物理化学/ナノバイオ材料/表面化学

「磁石」と「光」の魔法が織りなす
手を触れずにモノを操る新技術

「磁石でモノが浮いたら面白い」
磁気浮上の研究はそこから始まった

 空中に浮かせたモノを手を触れず自由自在にコントロールする─。そんな魔法のような技術が、今まさに実現されようとしている。キーワードは、「磁石」と「光」。日本工業大学基幹工学部応用化学科の池添泰弘准教授がこのアイデアを思いついたのは、今からおよそ20年だ。当時大学院生だった彼を突き動かしたのは、指導教員の「磁石の力で、モノを空中に浮かせることができたら面白いよね」という何気ないひと言だった。
「その言葉を聞いたとき、なぜか僕は『実現できる』とすぐに思いました。この地球上で身 近に存在する力は、重力、電気力、磁気力の3つですが、実はモノを浮かすには引力は使えず、反発力しか使えません。そしてモノに対する反発力を生み出せるのは唯一磁気力だけなんです。この「磁石に反発する」性質を持つ物質は、水やガラス、プラスチックなど世の中にたくさん存在しています。残念ながら、この反発力はものすごく小さいので、当時は『世界でも数台しかないような超強力磁石を使わなければ磁気浮上は実現できない』という考え方が常識でした。しかし、浮かせたい物体の周りに磁石に引き 付けられる物質を満たせば、小さな磁石でもその物体を宙に浮かせることができるは ずです。これが私の発見した『磁気アルキメデスの原理』です」

磁石に引き付けられる気体を利用し
水を空中に浮かせる実験に成功

 池添准教授のアイデアはこうだ。酸素ガスは磁石に強く引きつけられる性質を持っている。その酸素ガスをを充満させた容器を磁石の上に置き、中に浮かせたい物体を入れれば、物体は酸素ガスの中に浮く。水の入った容器に注いだ油が、水面に浮いてくるようなイメージだ。
 池添准教授はこのアイデアから生まれた磁気浮上の技術を使い、空中に水を浮かせることに成功。その成果を論文で発表したところ、世界から大きな反響はあったという。しかし、その後さまざまな大学や研究機関を渡り歩くこととなった池添准教授は、10年以上もこの研究から離れてしまう。
「それでも、自分の論文を引用した研究が学 会誌で発表されるたびに、うれしく思っていました。そして『いつか自分の研究室を持ったら、磁気浮上の研究をもう一度やろう』とずっと心に決めていたんです」
 そして2014年に着任した日本工業大学で、池添准教授は再びこの研究に情熱を注ぎはじめる。
「磁気浮上の最大の利点は、空中に浮かせた物体を完全に静止させることができるという点。例えば、宇宙のような無重力空間の場合、宙に浮いた物体に力を加えると、物体は空中を動き続けてしまいます。しかし、磁気浮上の場合、物体の密度や磁石に応答する性質に応じて、ある特定の場所に静止して浮く。この性質をうまく利用して、今度は空中に浮いたモノを自由自在に『動かす』研究に取り組みはじめました」

『手を触れずに磁石と光で操作できる』物体には、上のような「光る粉」が練りこまれている

地場中で浮いた水の写真。磁石に引き付けられやすい気体(酸素)の中に、磁石引き付けられにくい水を入れると、磁石の上側で水が宙に浮く

「研究とは、不可能を可能にすること」
実験の先に、未来を変えるビジョンがある

手の届かない場所にあるモノを
「光」によって非接触で操作する

 添准教授の現在の研究に欠かせないもう一つのキーワード、それが「光」だ。
「光を当てることで、磁石への応答が変化する物質があるんです。そうした物質を磁石の上に置いた紙の四隅に接着して光を当てれば、紙を曲げたり折りたたんだりすることができるでしょう。磁石は広い空間で利用できる一方で、光は当てる範囲を広げたり絞ったりすることができます。『磁石』と『光』の利点を組み合わせたこの技術を応用すれば、人間の手の届かない場所にあるモノを、非接触の状態で操作することも可能になるのです」
 今は基礎研究の段階だが、池添准教授はその先に未来の社会を変えるビジョンを見据えている。
「例えば、光に反応する物質を腕時計の部品に仕込んでおけば、外から光が当てるだけでその部品を動かすことができますよね。つまり故障が発生しても、腕時計を分解せずに非接触で修理することができるようになるかもしれません。私にとって研究とは、『不可能を可能にすること』なんです」
 『磁石』と『光』を駆使した新技術によって、化学の常識を覆そうとしている池添准教授。さままざまなことが手を動かさずにできるようになる未来は、そう遠くないかもしれない。

液体中で磁気浮上し、完全に静止したプラスチック片。光を当てることによって静止する位置をコントロールする

顕微鏡とレーザーを組み合わせた実験装置。池添研究室の装置や器具は、ほとんどが自作のものだ

浮上させる物体に金属の薄い膜をつける装置。磁石への応答をチューニングできる

※インタビュー内容は取材当時のものです。