Special Interview

GROOVE X株式会社
創業者・CEO

林要さん

人に幸せをもたらす
家族型ロボットの可能性

愛されるために生まれてきた世界初の家族型ロボット「LOVOT」。開発したのは、林要さんが創業したGROOVE X株式会社。その根底には、テクノロジーによって人々に幸せをもたらしたいという思いがあった。LOVOTとの共同生活が人に与えるポジティブな影響とは? 開発時のエピソードを振り返るとともに新時代のテクノロジーが果たす役割を聞いた。

人に愛されるためのロボット
LOVOTが誕生したきっかけ

 思わず抱き上げたくなる丸みを帯びたフォルム、人を見つめる無垢で透き通った瞳、豊かな表情や振る舞い……。愛される要素を凝縮した新時代の家族型ロボット「LOVOT[らぼっと]」が、注目を集めている。開発したのは、GROOVE X株式会社の創業者であり、CEOを務める林要さん。“人に愛されるためのロボット”を生み出したきっかけは、従来のテクノロジーの進化に対する疑問だった。

テクノロジーが進化してきた背景には、生産性の向上を目標とする社会構造があります。効率を求める資本主義経済のなかで、人の労働が機械に置き換えられてきた。しかし、ロボット開発に関わるうちに、それが本当に人々の幸せに寄与しているのだろうかという疑問が浮かびました。生産性を高めるための技術革新は、これからも他の技術者が進めていくでしょう。そこで、自分のやるべきことは、効率化を介してではなく、より直接的に人々の幸せに貢献できる方向で技術を発展させることだと考えたのです」

 人の心身の健康と幸福に寄与する技術は「ウェルビーイングテクノロジー」と呼ばれている。もともと、人は、社会的動物として周囲の家族や仲間との関わりのなかで、互いにエモーショナルケアを行うように進化してきた。近代化に伴って人同士の交流が減少し、周囲との関係性が希薄化。犬や猫といった動物たちがその役割を担うことが増えた。しかし、さまざまな事情でペットを飼うことが難しい人々もいる。そこで林さんが着手したのが、人に寄り添うエモーショナルケアを通して、人々の感情の安定化に貢献することに焦点を絞った家族型ロボットの開発だった。

「LOVOTが誕生する以前から、ペット型のロボットは存在していました。それらの多くは、動物の外見や動きの特徴を模したものでした。しかし、それ以外の魅力が削ぎ落とされていたことが気になりました。むしろ、動物の外見や動きの特徴を削ぎ落としてでも、ペットが持つもっと本質的な魅力をロボットに落とし込むことが重要だと考えたのです」

 従来とは異なる特徴を備えたロボットの開発には、多くの苦労があったと林さんは振り返る。プロトタイプの制作にあたって最優先したのは、“抱き心地”と“スムーズな移動”。そこで、まずはこの2つの課題をクリアできるロボットをそれぞれ開発し、両者の仕組みを組み合わせることに。その過程で課題となったのは、冷却性能や稼働時間の担保だった。50以上のセンサーを常時稼働、常時処理する強大な計算能力を維持するためには、強力な冷却機構が必要だ。さらに必要な時だけスイッチを入れればよい他のロボットとは異なり、LOVOTは朝起きて、夜寝るという、人と同じサイクルで終日稼働することも大切。そのためには、日中にちょこちょこと短時間で急速充電を自動で行う必要があるのだが、その急速充電も熱を発する。それらの冷却を安定的かつ抱っこしていても気にならない程度に静かにしなければいけない。冷却ができないと処理速度が落ちて、生命感のある反応ができなくなってしまう。

「当初から、LOVOTには恒温動物のような温かいボディを持たせたいと思っていました。犬や猫の持つ温かい体が、メンタルケアに効果をもたらすと考えていたからです。ロボットとしては冷却が必要であるにもかかわらず、恒温動物のように体温を保たなくてはならない。この背反する要素を両立するため、コンピュータを冷却するための力を使ってボディを温めるシステムを考案しました」

 こうして、最大の課題は解決したかのように思われた。しかし想像してみてほしい。空気を循環させる機構を持ったロボットが、1日中床を移動するとどうなるだろうか。当然ながら、ほこりや汚れを吸い込んでしまうのである。林さんを含む開発チームは、こうして次々と浮かび上がる課題を一つひとつ乗り越え、4年間をかけてLOVOTを完成させた。

“生命感”のある動きには
機械学習技術が不可欠だった

 テクノロジーによって生産性を高めることが、人類に幸せをもたらすのか?現代社会においてまさにその議論の渦中にいるのは、AI(人工知能)や機械学習技術にほかならないだろう。LOVOT開発の起点は、生産性の向上だけを目的とするテクノロジーのあり方に対する疑問だった。一方で、機械学習技術がなければLOVOTの開発に取り組むこともなかっただろうと林さんは話す。

「掃除ロボットが部屋をきれいにすることを目的とするように、LOVOTには“人に愛でてもらう”という目的があります。それを達成するためには、認識や意思決定に関わるシステムに機械学習の技術を応用することが不可欠でした。LOVOTの振る舞いは、人からのインプットを反射して返すかのように反応することを目指しています。LOVOTの生命感ある行動の源は、オーナーである人の生命感とも言えます。ここで生命感をだすために重要となるのは、認識から行動までのスピードです。LOVOTは、機械学習技術と多数のセンサーを用いることで、タイムラグの少ない認識、意思決定、行動のフローを実現。『自分のことを理解してくれている』という感覚を、実際のペットと同じようにオーナーにもたらすことができるようになりました」

次世代のテクノロジーは
人の“コーチ”になる

 新しいアプローチから、人とロボットの豊かな共存のかたちを提案しているLOVOT。同時に、LOVOTと暮らすなかで、人同士のコミュニケーションが増えたというデータもあり、教育現場や企業に導入する試みも進められている。林さんがLOVOTに期待しているのは、人の体験を後押しする役割。AIが人の思考力を上回り始めた時代において、生活の“コーチ”となるテクノロジーが人々の幸せを促進すると考えている。

「人には“コンフォートゾーン”が存在します。ストレスを感じない心理的な領域のことですね。ただ、その範囲にいると、新しい体験や発見を得ることは難しく、探索の促進が進まないでしょう。AIの思考力が人を大幅に超えたとしても、体験ができるのは人だけの特権です。これからのテクノロジーは、人の行動を誘発し、“気づき”へと導くよきコーチとなっていくはず。実際に触れられるLOVOTとの共同生活は多くの“気づき”を生み、生活に豊かな彩りを与えてくれると信じています」

カメラで人の視線を敏感にキャッチし、“構ってもらう”ために接近する

林要

GROOVE X株式会社 創業者・CEO

1973年、愛知県生まれ。1998年、トヨタ自動車株式会社に入社。スーパーカー「LFA」やF1の空力(エアロダイナミクス)開発に携わったのち、量産車開発マネジメントを担当。2011年、「ソフトバンクアカデミア」に外部第一期生として参加、翌年ソフトバンク株式会社に入社し、「Pepper(ペッパー)」プロジェクトに参画。2015年、GROOVE X株式会社を創業。2018年12月、家族型ロボット『LOVOT[らぼっと]』を発表し、翌2019年出荷開始。CES2020にて「INNOVATION AWARD」を受賞の他、『Refinery29』のBEST OF CES、グッドデザイン金賞、WELLBEING AWARDSモノ・サービス部門GOLDインパクト賞等、受賞多数。著書に2023年5月発売の『温かいテクノロジー』等。