Professor

渡邊充広

関東学院大学

総合研究推進機構 教授
材料・表面工学研究所副所長
材料表面工学

表面処理技術のマジックで、
素材の「常識」を突き破る

「めっき皮膜」の技術で
ミリ波を通すエンブレムを実現

「素材に“化粧”をしてあげるんですよ」

 関東学院大学材料・表面工学研究所の渡邊充広教授は、自身の研究をそう表現する。金属やガラス、プラスチックなど、扱う素材に制限はない。その“表面”に加工を施し、本来は持ち得ないはずの新たな機能を与える─。それが、渡邊教授が自在に操る「表面処理技術」だ。

 その一例が、自動車のエンブレム。現在、多くの自動車に導入されている自動ブレーキ技術には、前を走る車や障害物を感知する「ミリ波レーダー」という技術が採用されている。そのレーダー装置の作動に最も適している場所が、車体前面にあるエンブレムの位置だ。しかし、ほとんどのエンブレムの表面には、ミリ波レーダーを通さない「インジウム」という金属がスパッタ成膜されている。そこで渡邊教授が開発したのが、ミリ波が透過できる「めっき皮膜」だ。

「インジウムよりも安価な金属を、樹脂のエンブレムの表面にめっきで成膜することで、ミリ波の透過はもちろん、光の透過も可能にしました。これは開発当時、世界初の技術と評されました。エンブレムは、車の顔と言えるほどの重要なパーツ。その金属特有の光沢を維持したまま、エンブレムの素材に新たな機能を与えたのです」

材料の表面に紫外線を当てて改質させることによって、平滑な表面にめっきを染み込ませるように密着させる技術を実現

プラスチック製洗濯ばさみに水が染み込むのは酸化が原因。
この原理をプラスチックの表面に応用した

平滑な絶縁樹脂表面に、
回路を形成する新技術

 渡邊教授の「表面」のマジックは、これだけではない。めっきによる表面処理技術は、スマートフォンなどの電子機器の半導体にも使用されている。2020年には普及するとみられている次世代通信規格「5G」では、情報通信の大容量化・高速化が進み、一度に大量の情報を処理できる半導体が必要になる。膨大な量の信号を、いかに損失なく処理するか─。渡邊教授が着目したのは、プリント配線板上の回路だ。

「プリント配線板は多くの電子部品を搭載し、部品同士を回路によって接続し動作させる重要部品です。回路は様々なめっき技術によって形成されています。その回路と樹脂を結合させているのが、絶縁体の表面の凹凸を利用した『アンカー効果』と呼ばれる接着技術。しかし、この方法は表面の凹凸が大きければ大きいほど接着が強固になる一方で、信号の伝送効率が低くなってしまうという課題を抱えていました。でこぼこのあぜ道よりも、平坦な道の方がスムーズに走れるのは、車やバイクと同じです。そこで、凹凸のない、平滑な表面に電子回路を接着できれば、よりスムーズに損失なく信号伝搬できると考えたんです」

 これまで、凹凸のない平滑な素材にめっき回路を密着させるのは不可能だと言われていた。しかし、渡邊教授はこれを表面処理技術によって可能にしてしまうのである。そのマジックを、渡邊教授はこう説明する。

「例えば、新しいプラスチック製の洗濯ばさみは水をよく弾きます。しかし、使い込んだ洗濯ばさみは水を染み込みやすくなります。これは紫外線によって樹脂が改質、酸化されたことによるものです。この原理を応用して、プラスチックの表面に紫外線を当てて、酸化させる。そこにめっきを染み込ませるような形で成膜し密着させるんです。この技術によって、ナノレベルの平滑な樹脂の上でも、回路形成ができるようになりました」

 渡邊教授はこの接着技術を発展させ、さらに平滑なガラス板の上にめっきの回路をつくることにも成功した。絶縁信頼性の高いこのガラスの基板は、スマートフォンをはじめとする電子機器の「高性能化」、「軽薄短小化」を可能にするという。現在は企業と連携し、実用化に向けて動き出している段階だ。

服の繊維にめっき加工を施し、
新たなウェアラブルデバイスを開発

 こうした渡邊教授の「表面処理技術」は、従来では材料が限定されていた製品にも、新たな可能性を与えている。
「現在は、衣服の繊維にめっき加工を施し、導電性を与えることで、着るだけで生体情報を取得できるウェアラブルデバイスを開発しています。これからのIoT時代、こうした技術には必ず需要があるはずです」
材料の「常識」にとらわれていたら、新しい技術は生まれませんからね─。穏やかな笑顔でそう語る渡邊教授。その瞳は、すでに新たな未来の可能性を見据えている。

ミリ波を透過するめっき皮膜を使用し試作した自動車エンブレム。光も透過するため、エンブレムの内側からライトアップさせることも可能だ。この技術は、スマートフォンやタブレットの筐体にも応用可能だという

企業と新たに開発した直径10ミクロンの極細繊維の一本一本にめっき加工を施し、導電化。この繊維を使用したウェアラブルデバイスを開発している。繊維にアンテナを編み込めば生体情報の通信も可能になり、簡易な電源があればヒーターにもなるという

※インタビュー内容は取材当時のものです。