Professor

柏山祐一郎

福井工業大学

環境情報学部 環境・食品科学科 教授
生物有機化学

海水を採取する装置「CTDマルチサンプラー」

「太古の風景を見てみたい」
有機化学で生命の進化の謎に迫る!

古代地層にも大量に含まれる
化石ポルフィリン」

「幼少の頃から生命の進化に興味があり、太古の風景を復元したいという夢を追い求め続けてきました。その実現のためなら、専門分野にこだわりはなく、面白いと思えば他の学問分野にも積極的に飛び込んでいくのが、私の研究スタンスです」

 そう語るのは、福井工業大学環境情報学部の柏山祐一郎教授だ。

 柏山教授が着目したのがクロロフィルである。周知の通り光合成に必須の色素だが、生命の進化の解明にどんな関係があるのか想像するのは難しい。だが、白亜紀、先カンブリア紀などの古代に形成された地層には、クロロフィルの分解生成物であるポルフィリンが大量に含まれているのである。柏山教授はそれを「化石ポルフィリン」と呼んでいる。

「化石ポルフィリンはクロロフィルを起源とする分子ですが、クロロフィルには見られない特徴的な構造が認められます。その構造の由来を探るために、水圏環境中の色素分解物を調べたところ、CPE(シクロフェオフォルバイドエノール)が最も多いことがわかりました。本来のクロロフィルから構造が変化したCPEが、環境中にこれほど多く存在するのはなぜか。疑問を抱いたことが、研究のターニングポイントになったのです」

CPEの産生プロセス

水圏生物がクロロフィルを
無害化する理由と仕組みを解明

細胞にダメージを与える
クロロフィルの光毒性

 クロロフィルは生物にとって実は厄介な物質だ。なぜならクロロフィルには、吸収した光のエネルギーを分子酸素に受け渡す性質がある。エネルギーを受け取った分子酸素は、一重項酸素(活性酸素の一種)という強力な酸化剤となり、細胞に致命的なダメージを与える。クロロフィルの光毒性と呼ばれる困った性質である。

「私が解明したのは、水圏生物は、クロロフィルを安全に捨てるために、クロロフィルをCPEに代謝しているということです。それに関与する生物を特定するのは困難だと思っていたのですが、単細胞生物で微細藻類を食べるプロティスト(真核生物)に微細藻類を与えて排出物を分析したところ、餌の微細藻類が持つクロロフィルがほぼ消失し、代わりにCPEが蓄積されていることがわかりました。最初にテストした生物で成功したのは幸運だと感じましたが、研究を続けると理由は単純で、そもそも、真核生物の多くにクロロフィルをCPEに分解する仕組みが備わっていたのです」

 この研究成果から、柏山教授は大胆な仮説を立てた。それは、真核生物の共通祖先は「シアノバクテリアを食べる」という営みの中でクロロフィルを無毒化する必要性があり、現代の真核生物にもその遺伝子が受け継がれているのではないかという仮説である。詳細は近く論文で発表される予定だ。

フィールドワークを重視
観察から研究がスタートする

 こうした研究は、研究室に閉じこもり顕微鏡を覗き続けているようなイメージがあるが、柏山教授はフィールドワークこそが重要になると強調する。

「川や池に行き、船に乗って水を採取してきて、実際の環境中における生物の営みを観察・体感するところから研究をスタートさせます。微生物の真の『生き様』を追究するという意識を大切にしたい」と、力説する。

 その結果、ユニークな研究対象を見出した学生も多い。海洋微生物「ラパザ」もその1つ。藻類の1種で、他の藻類を食べていると以前は考えられていた。ところが、学生が研究する中で自前の葉緑体は皆無で、他の藻類を捕食して葉緑体を取り込むことで、光合成をしていることが解明されたのである。学生でもこんな新たな発見に出会えるところに、この研究の醍醐味があるのだ。

研究室では多様な微生物を培養して、研究対象にしている

化石ポルフィリンの結晶

他の藻類の葉緑体を捕食して光合成を行う「ラパザ」

※インタビュー内容は取材当時のものです。