明治大学 総合数理学部
先端メディアサイエンス学科
宮下芳明教授
味を"ダウンロード"できる時代へ!
「味覚メディア」が切り拓く食の未来
明治大学 総合数理学部
先端メディアサイエンス学科
味を"ダウンロード"できる時代へ!
「味覚メディア」が切り拓く食の未来
電気の力で塩味が約1.5倍になるスプーン、動物性の材料を一切使わない50キロカロリーの豚骨ラーメン―。映像を観るように、音楽を聴くように、化学と情報学で味を再生する「味覚メディア」。宮下芳明教授は、電気味覚の研究で2023年に「イグ・ノーベル賞」を受賞した。次世代を切り拓く最新の研究について聞いた。
電気の力を利用して、食べ物の塩味を1.5倍にするスプーン───。
明治大学総合数理学部の宮下芳明教授の研究室と飲料メーカーのキリンが共同開発した「エレキソルト スプーン」だ。その仕組みは、「電気味覚」という現象を応用したもので、スプーンにごく微弱な電流を流すと食べ物に含まれるナトリウムイオンの動きが舌の上で後押しされ、実際の塩分量を超える塩味を感じさせるのだという。この技術の源流にある電気味覚研究は、2023年のイグ・ノーベル賞(栄養学)を受賞した。
「エレキソルト スプーンは2024年に商品化されました。研究室のプロトタイプは70万円以上しました。それだけ精密に電流を制御した装置でした。この製品につながる電気味覚の研究は、2011年に当時大学院生だった中村裕美さん(現・東京都市大学メディア情報学部准教授)と共同で発表した『Augmented Gustation using Electricity』という論文が出発点でした。15年以上前から続けてきた研究が、ようやく社会実装された事例になります」
宮下教授の専門は、ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)。その名の通り、コンピュータと人間の相互作用を研究する分野だ。情報科学、脳神経科学、心理学など多様な研究分野を横断しながら、「人とコンピュータがどう関わると心地よいか」を探究している。
「例えば、スマートフォンの写真を2本指で広げると拡大しますよね。本物の紙焼き写真では、両端を引っ張っても写っている画像は大きくなりません。デジタルだからこそ、現実よりも直感的で使いやすい関係をつくれます。現実をただ真似るのではなく、現実を超えてしまうところに、この分野の面白さがあります」

イグ・ノーベル賞受賞研究を応用した「エレキソルト スプーン」
宮下研究室が手がける数あるテーマの中で、注目したいのが「味覚メディア」の研究だ。これは、視覚や聴覚だけでなく、味覚もメディアとして扱おうというアイデアで、宮下教授が命名したものだ。カメラで撮った映像をテレビで観るように、センサーで測った味覚を3Dプリンターなどの装置で再現する。味を記録・再生し、さらに通信できるメディアとして体系化したところにこの研究の独自性がある。
「味をダウンロードする時代が来る!と明治大学の教員として着任した2007年当時から私は予言していました。『味覚メディア』の技術を使えば、あらゆる味をプリンターで出力できます。例えば、安いワインを高級ワインにしたり、価格が高騰するカカオの味を安い原料で再現したりできます。さらに、甲殻アレルギーの人でもカニを味わえる食材、わずか50キロカロリーの豚骨ラーメンなどもつくれます。化学的に味を再現して、距離を超えて届けられる未来が来れば、宇宙食の多様化にもつながるでしょう。情報学には、こんな研究領域もあるのです」
最近の研究成果として話題になったのが、2025年に北陸製菓、金沢21世紀美術館と共同開発した「21美ーバー」だ。これは北陸のソウルフードとして親しまれている揚げあられ『ビーバー』に、甘味・酸味・旨味などの「味覚パウダー」と香りや風味を変える「フレーバーパウダー」がセットになった“味をデザインする”新感覚のお菓子だという。
「パウダーを混ぜ合わせることで、梅干し味やチョコ味などをつくれます。絵の具を混ぜて色をつくるように、味も設計できる。自分の手で味をつくる体験の先には、味を計測し、混合し、プリンターのように出力する『味覚メディア』の世界があります」

北陸製菓、金沢21世紀美術館と共同開発した“味をデザインする”新感覚お菓子「21美ーバー」
宮下教授がこうした研究に取り組む背景には、食料危機への問題意識もある。地球温暖化や世界人口の増加によって、食糧危機が訪れる未来に備えて、「プリンターで食事を出力する」という技術開発に真剣に取り組んでいる。
「世界人口が100億人に近づく一方で、地球の大きさは変わりません。肉も魚も入手しにくくなり、ステーキ1枚が10万円という時代も来かねない。食料も資源も環境も危機に直面しています。このままではいけないからこそ、既存の延長ではない食の方法を模索する必要があります」
こんな時代だからこそ、必要なのは「自分の頭で考える力」だと宮下教授は言う。大学以降は、答えのない問題と向き合うことになる。自分の進路にも、人類が22世紀を生き延びる方法にも、決まった答えはない。だからこそ、社会や世界を知り、その中で自分の問いを位置づけ、筋道を立てて解決方法を考えることが重要になる。
「どの進路でも、まずは自分の興味・関心を知ることが大切です。ただし、そこだけに閉じるのではなく、社会や世界の中で自分に何ができるのかも考えてみてください。科学には、人々の未来を変える力があります。その可能性や面白さにも、ぜひ目を向けてほしいですね」

宮下芳明
明治大学 総合数理学部 先端メディアサイエンス学科 教授
2001年 千葉大学工学部画像工学科卒業。2003年 富山大学大学院教育学研究科修士課程修了。修士(教育学)。修士課程では音楽教育を学ぶ。2006年 北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科博士後期課程修了。博士(知識科学)。2007年に明治大学へ着任。専門はヒューマンコンピュータインタラクション。2023年イグ・ノーベル賞(栄養学)を受賞。著書に『13歳から挑むフロンティア思考』がある。