Special Interview

東京藝術大学
COI拠点

力石武信
特任講師

ロボット×工芸の融合領域から
1000年後の文化遺産を創造する

AIを搭載したロボットがますます進化し、人間に近づいている。
工場から医療現場、家庭まで活動範囲を広げるロボットは今、
アートと融合し、新たな存在価値を獲得しようとしている。

大阪大学石黒浩教授の研究室で
アンドロイド研究に没頭した

 AI(人工知能)を搭載したロボットがますます身近になってきた。ソフトバンクのロボットPepperは至るところで見かけるし、自宅でスマートスピーカーを使っている人も増えている。そんななか、「アートとロボットの融合」を構想し、ユニークな挑戦をしているロボット研究者がいる。東京藝術大学特任講師の力石武信先生だ。

 アンドロイドの研究者として、キャリアを積んできた力石先生は、2010年に演出家・平田オリザ氏率いる「ロボット演劇」プロジェクトにロボットディレクターとして参加し、注目を集める。ここからアートとしてのロボットの可能性を追究する日々が始まった。

「ロボットについて考えれば考えるほど、これは工学じゃない、アートだ! と思うようになったんです。原理を追究するより、表現によって人々の見方を変える。ロボットで人を幸せにしたいなら、アートのほうがずっと可能性があると私は考えています」

 力石先生のここまでの歩みはユニークだ。まず、高校は進学校だったにもかかわらず、大学入試一直線の雰囲気に違和感を感じ、自らドロップアウト。卒業後、10年以上、肉体労働やラジオ番組のパーソナリティ、テレビ番組のADなどの仕事を経験する。20代後半になり、突然スイッチが入ると京都工芸繊維大学に進学し、主にプログラミングの技術を修得。そして、大学卒業後のことを考えるタイミングで、出会ったのがアンドロイド研究で有名な大阪大学の石黒浩教授だった。マツコ・デラックスのアンドロイド「マツコロイド」を手がけたあの先生である。

「石黒先生の研究室では、人間そっくりで、さまざまなセンサーから得たデータを使って、人とコミュニケーションをするアンドロイドの研究に没頭しました。2005年の『愛・地球博』では、プログラミング担当として、アンドロイド展示に参加し、多くのことを学びました。ここで、“人に見せるロボット”に手応えを感じるようになったのかもしれません」

 人間そっくりのロボットについて考えれば考えるほど、人間とは何かと考えるようになる。どうすれば人間らしく見えるのか、どうすれば人間は喜ぶのか……。これを学術的には、「ヒューマン・ロボット・インタラクション研究」という。そして、この分野の知識を深めていった力石先生は、最終的に「“人間をより人間らしくする”のがロボットの役割なのではないか」という結論に至る。

 確かに、部活や勉強で疲れ果てたとき、かわいいロボットに「大丈夫?」と声をかけられたら、人間以上に癒されるかもしれない。忙しい日々のなかで心をすり減らし、ロボットのようになってしまった人間をロボットが癒すというのも、なんとも未来的だ。

「『愛・地球博』の発表後、次の研究テーマを探していた私は、偶然に導かれ、平田オリザ先生の『ロボット演劇』に参加することになります。ここでロボットを用いたアート表現を通じて、人間とロボットの新しいコミュニケーションの可能性に気づきました。そして、2010年以降、何度かの公演を経て、今、私の関心はロボット演劇からロボットと工芸の融合に移行しています。工芸品って、機能を追求すると用途を飛び越えることがあるんです。茶道具とか書道の筆とか、達人の作品はもはやアートですよね。私はロボットにも工芸品と同じポテンシャルを感じるのです」

 人間の作業を代替する機能を担うのがロボットのもともとの役割だ。ロボットが担うべき機能を飛び越えたとき、どこにたどり着くのか。力石先生は、2021年に令和工藝という新会社を設立し、ロボットと工芸を融合させるプロジェクトをスタートした。これは、置物などの工芸品に、AIとロボットで命を吹き込む新たな挑戦だ。

 その作品のひとつが、東京藝術大学内にある力石先生の研究拠点で出迎えてくれた巨大な鉄製のカミキリムシ。無骨な鉄の塊にAIで命が吹き込まれたとき、人間はそこから何を感じるのだろうか―。

「工芸品とは、つまり人間の手仕事によってつくられたものです。機械には代替できない価値ある手仕事によって、ロボットをつくる。それがロボット工芸なのです。私は、このコラボレーションこそ、今この時代で最高に文化的なものづくりだと思っています。目下の目標は、高さ10mを超えるような巨大な工芸ロボットをつくって、世界中で巡回展示することです。アートとロボットの融合領域から、1000年後の未来に文化遺産として残るような創造物を生み出したいと思っています」

アンドロイド演劇「さようなら」(作演出:平田オリザ)では、ロボットディレクターを務めた

「人間をより人間らしくするのが、ロボットの役割なのかもしれない」

力石武信

東京藝術大学
COI拠点 特任講師

ロボット研究者。大阪大学大学院・石黒浩研究室に在学中の2005年、愛知万博でのアンドロイドの展示にて技術を担当し、「見せるロボット」に関心を持つ。2010年より、演出家・平田オリザ氏の率いる「ロボット演劇」に参加。現在は、東京藝術大学に研究拠点を移し、ロボット×工芸の融合研究に取り組んでいる。「秘密結社Strange Attractor」団長、ロボットベンチャー令和工藝LLC 代表。