Special Interview

理化学研究所 開拓研究本部
坂井星・惑星形成研究室

坂井南美
主任研究員

宇宙の分子が発する電波から
太陽系の進化の歴史を読み解く

宇宙空間から届く特殊な電波をキャッチする̶̶。
そんなSF映画のような観測をしている研究者がいる。
その電波には太陽系の謎を解く秘密が隠されているという。

南米チリの巨大電波望遠鏡で
原始星を取り巻く分子を観測

~我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか~

 フランスの画家ポール・ゴーギャンが1890年代に描いた代表作のタイトルである。画家をはじめ、哲学者、探検家、科学者など、多くの歴史上の偉人たちは、「人間はどこから来たのか」と問い続けてきた。そして、その答えを求め、ある者は太古の微生物を探し、ある者は人間の脳内を調べ尽くした。そして、ある者は生命の起源を追い求めて、その視線の先を遥か宇宙に向けた。

「私たちはどうしてここに存在しているのか?その謎に『物質』という視点から迫りたいと考えています。私の研究対象は、宇宙の果てに漂う分子です。巨大な電波望遠鏡を使って、この分子を観測することで、太陽系のような惑星がどうやってできたのか、その化学的進化の歴史を調べています」

 そう語るのは、理化学研究所 開拓研究本部坂井星・惑星形成研究室主任研究員の坂井南美さんだ。138億年前の「ビッグバン」以降、宇宙空間では星の生き死にが繰り返されてきた。星の誕生によって酸素、炭素、窒素など、さまざまな元素が星の中で作られ、星が死にゆく際の爆発によって宇宙空間にばら撒かれた。その結果、私たちが暮らす物質世界がある。しかし、元素が生まれてから、地球上の生命誕生に至る過程にはまだまだ謎が多い。学生時代の坂井さんは、そこに研究の可能性を見出した。

「学生時代、宇宙の起源や太陽系の歴史に関する本を読んでいても物質の起源に関する記述が見当たらなくて、一生懸命調べたんです。その結果、『まだよくわかっていない』ということがわかった(笑)。ならば自分で調べようと思って、大学院から太陽系の化学的起源を探る研究を続けています。微生物から始まる地球生命の進化と同様に、太陽系も多様な化学的特性の星や惑星が影響し合いながら進化してきたというのが私の仮説です。そこで、宇宙空間で新たに誕生する星の周りにある有機分子を観察することで、どのような環境で、どのような化学組成の星ができるのかを明らかにしようとしています」

 坂井さんが観測する対象は、「星間分子雲」と呼ばれる宇宙空間のガスや塵が溜まった場所。ここで、赤ちゃん星である「原始星」が生まれる。「暗黒星雲」とも呼ばれる雲の内部には分子を破壊する紫外線などが届かないため、ここで多くの分子が作られ、原始星や原始惑星にも取り込まれていく。坂井さんは、南米チリにある巨大な電波望遠鏡を使って、星間分子雲の中にある特定の分子を観測している。

「すべての分子は、それぞれ決まった周波数の電磁波を出しています。そこで、チリの標高5,000mの場所にあるアルマ望遠鏡を使って、分子が発するスペクトル線(=電磁波)を観測し、どの分子が原始星の周りでどういう分布をしているのかを調べます。スペクトル線を分析することで、分子の温度、密度、存在量などもわかります。電磁波を観測して、宇宙の謎に迫るこの分野は、電波天文学と呼ばれています」

 電波天文学の発展によって、宇宙空間にはさまざまな分子が存在していることがわかってきた。現在は、NASA(アメリカ航空宇宙局)や、ドイツのケルン大学などによって、宇宙に存在する分子のデータベース化も進んでいる。おかげで、どのスペクトル線がどの分子に紐付くのかわかるという。ただ、この広い宇宙には、まだまだ知られていない分子が無数にある。さらに、電波望遠鏡で観測するスペクトル線には、由来不明のデータも紛れ込む。その問題を解決するため、坂井さんは独自の実験装置を開発した。

「分子の出す決まった周波数を調べる装置を実験室に自作しました。まず宇宙空間と同じ環境を用意します。そこに計測したい分子だけをガス状にして入れ、分子から出る電磁波を測定するのです。これによって、同じ原子でも質量の異なる“同位体”を含む分子が出すスペクトル線など、特に情報が不十分な分子のスペクトル線の周波数を調べられます。これは分子分光学と呼ばれる化学の知識を応用した実験です」

 天文学と化学を融合した革新的な研究成果によって、坂井さんは「日本天文学会研究奨励賞」、「科学技術振興機構 輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」など、数々の権威ある賞を受賞している。もちろん、ここがゴールではない。目指すは、この広い宇宙から生命の起源を探るヒントを掬い上げること……。

「私たちが住む太陽系がこの広い宇宙の中でどのような存在なのか知りたいと思っています。よくある惑星系なのか、それともかなりレアなのか。そして、分子雲の中に原始太陽系に近いと思われる原始惑星系を見つけたら、その化学的組成を徹底的に調べたい。そこにどんな有機分子が存在するのかを明らかにして、未来のアストロバイオロジー(宇宙生物学)研究にバトンをつなぐのが目標です」

南米チリの標高5,000mの高地に設置された巨大な電波干渉計「アルマ望遠鏡」

分子雲の中の原始星を取り巻く分子を観測することで、原始太陽系に近いと思われる化学組成の惑星系を特定する

坂井南美

理化学研究所
開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員

1980年生まれ。2004年、早稲田大学理工学部卒業。2008年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程を修了し、助教に。2015年に理化学研究所で研究室を立ち上げ、2017年より現職。2018年に文部科学省科学技術・学術政策研究所「ナイスステップな研究者」に選出。2020年には、科学技術振興機構(JST)「輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」を受賞するなど、国内外で注目を集めている。