Special Interview

JAXA
(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)
第一宇宙技術部門
衛星利用運用センター 技術領域主幹

松尾尚子

“宇宙視点”の人工衛星データで
地球が抱える課題に立ち向かう

地球の軌道上でさまざまな役目を果たす人工衛星。
宇宙から電波を照射し、地球からの反射の強度によって
災害発生時の被害状況なども推定できるという。
衛星データが導く、地球の未来とは──。

宇宙から地球を見守る
人工衛星のデータ活用に挑む

 日本における宇宙開発の研究拠点、JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)。小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウの試料を回収することに成功したニュースもまだ記憶に新しい。宇宙開発といえばこうしたロケットの打ち上げや惑星探査といった地球の“外”にベクトルが向かうイメージを持つ人も多いだろう。しかし、宇宙から地球を見つめ続け、守ってくれている存在がいることも忘れてはならない。地球の周りを周回する人工衛星のことである。

「人工衛星は、大きく分けて『測位』『通信』『地球観測』の3つの役割を果たし、地球に住む私たちの生活を支えています。自動車のカーナビに使用されるような位置情報を特定するのが測位衛星、国際電話やテレビ放送などに利用されるのが通信衛星、森林や海、大気の様子など自然環境の変化を観測しているのが地球観測衛星です。地球環境のさまざまな課題が噴出している昨今、特に地球観測衛星から得られたデータは幅広い分野での活用が期待されています」

 そう語るのは、JAXAの第一宇宙技術部門衛星利用運用センターで技術領域主幹として活躍している松尾尚子さんだ。松尾さんは国際的な観点から衛星データの利用を検討する立場で、パリ協定やSDGsへの貢献策をまとめてきた。

「地球の二酸化炭素濃度を観測する温室効果ガス観測技術衛星“いぶき(GOSAT)”のデータを、パリ協定の目標に対する世界の進捗状況を確認する“グローバル・ストックテイク”に活かせると気づいたときにはとても嬉しかったです1。JAXAは研究開発を通じて宇宙を突き詰めていますが、最終的にはこの世界や人間、社会の課題にどう答えるかを見据えています」

 地球観測衛星の観測データが活躍するのは、例えば災害時の場面だ。陸域観測技術衛星2号“だいち2号(ALOS-2)”は地表の変化を細かく見るのに長けた衛星で、災害が起きる前と起きた後の画像を取得することができる。

「だいち2号は、Lバンドと呼ばれる波長約25cmの電波を地球に向かって照射し、その電波が反射して衛星まで戻ってくる際の強度や位相差をもとに画像を生成しています。電波は、海や湖など水があるところでは衛星まで返ってきません。逆に、山や森林などでは電波の一部が返ってくる。つまり、反射の強度によってそこが水のあるところなのか森林なのかを推定することができ、災害前後の画像を見比べれば、洪水が起きたと想定される場所がわかるのです」

災害発生時、人間が行けない
場所で活躍する地球観測衛星

 2023年5月にミャンマーを大型サイクロンが襲った際の画像2では、浸水域だと推定される部分が水色で示されている。災害による甚大な被害が起きている地域でも、道路状況が悪く車では行けなかったり、悪天候でヘリが飛ばせなかったりして被害状況を迅速に把握するのが難しい場面がある。そうした際に、毎日夜中の0時と昼の12時にデータを送ってくれるだいち2号が活躍しているのだ。

「夜に災害が起きたとき、次の日の朝、どこにヘリコプターや排水ポンプ車を配置するべきかを判断するために現地の情報は重要になります。だいち2号は天候が荒れていようが関係なく電波を照射してデータを得ることができるので、そうした初動の対応に貢献しているのです」

 多様な分野の研究者たちとともに衛星データのさらなる利用方法を考えている松尾さんは、幼少期のころから宇宙に夢中だった。特に、テレビで放送されていたビッグバンの映像を観て衝撃を受けた。

「子どもの頃から天文学者になりたいと夢見ていました。その夢を叶えるにはとにかく物理学を学ぶ必要があると思って、正直少し苦手ではあったのですが頑張りました(笑)。大学4年生のころからJAXAの宇宙科学研究所で研究することができ、そこでは、地上150~200kmの高度へ観測ロケットを飛ばして窒素分子の温度を調べるチームで研究していました」

 現在は、技術やデータと研究者とをつなぐディレクターのような役割を担っている松尾さん。衛星データは、グリーンイノベーションやスマートシティ、農林水産業、公衆衛生といったさまざまな領域で活用が期待されているという。

「例えば、九州大学の馬奈木俊介教授との研究では、都市開発にかかるコストを算出するために森林や川の分布がわかるデータを利用しました。その他にも、漁業では海面水温がわかる衛星データを活用し、魚の位置を推定して船を出しています。ビッグデータを利用したビジネスや社会上の課題解決が注目を集める時代に、衛星データだからこそ可能な地球の課題解決に取り組んでいきたいと思っています」

1 GOSATは温室効果をもたらすとされる二酸化炭素やメタンなどの濃度分布を観測する人工衛星。年々、地球全体で濃度が高くなっているのがわかる

2 2023年5月、ミャンマーを襲ったサイクロン「モカ」による想定浸水域を示した衛星画像。アジア太平洋域の自然災害の監視を目的とした「センチネル・アジア」のプロジェクトのもと、衛星データが国際協力にも貢献している

松尾尚子

JAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)第一宇宙技術部門衛星利用運用センター技術領域主幹

東京大学大学院理学系地球惑星科学専攻を修了後、2002年に宇宙開発事業団(現JAXA)に入社。国際宇宙ステーション(ISS)での実験や宇宙飛行士の広報に携わり、若田宇宙飛行士、野口宇宙飛行士、古川宇宙飛行士のISSでの初めての長期滞在を支えた。現在は衛星ミッション立ち上げに向けた検討や、産官学が連携して衛星データの社会利用を推進する「衛星地球観測コンソーシアム(CONSEO)」を牽引している。