Special Interview

早稲田大学大学院
創造理工学研究科

玉城 絵美
准教授

新しいデジタルデバイスで
“触感”をシェアする未来へ!

SNSを使って手軽に旅先の写真や動画をシェアできる時代。
それでも現場の身体的な体験を共有するのはどうしても難しい。
それを新たなデバイスで実現しようとしている研究者がいる。

時間や場所の制約なしに物理的な
体験を共有するBodySharing

 目で見えず、耳でも聞こえないもの—。それは、重さや空気抵抗といった触感に依存する感覚だ。バイクに乗って風を感じたり、プロダンサーのように自在に身体を操ったり……そんな身体的な体験をデジタル空間で誰かと共有できる未来が訪れるかもしれない。

「既存のメディアでは、音楽や映像といった視聴覚情報は伝えられても外部に物理的な影響を与えることは難しいとされてきました。そこで私は、離れた場所でも触覚などの“固有感覚”と呼ばれる人間の感覚を伝え、コンピュータを介して外部とコミュニケーションできるしくみをつくりたいと考えています」

 そう語るのは、早稲田大学大学院創造理工学研究科准教授で、H2L株式会社創業者の玉城絵美さんだ。研究テーマは、物理的な体験をいかに時間や場所の制約なしに共有できるか。これを「BodySharing(ボディ・シェアリング)」と名付け、身体的な機能を他人やロボットとシェアするデバイスやシステムの開発に取り組んでいる。

 代表的な研究のひとつが、触感型コントローラ「UnlimitedHand」だ。これは、VR(バーチャルリアリティ/仮想現実)ゲームのコントローラの一種で、腕に巻いたベルトに内蔵されたセンサなどを使って、ユーザーの物理的な動きをコンピュータに入出力できるデバイスだ。例えば、腕を振ればゲーム内のアバターの腕が動き、ゲーム内でアバターが攻撃を受ければ、電気刺激などを使ってユーザーが仮想世界を触感的に体験できる。

「和食の料理人は、包丁を使い慣れると自分の手のように感じるといいます。この、道具を身体のように感じる感覚を“身体所有感”といい、その包丁を主体的に動かしている感覚を“身体主体感”と呼びます。遠隔地にいるロボットの身体を操作しているときに、身体所有感と身体主体感はいかにして発生するのか。逆に自分の身体所有感や身体主体感が失われるのはどういうときなのか。開発したデバイスを用いて、こうしたことを研究しています」

 玉城さんは、VRやAR(拡張現実)の先端研究をリードする東京大学大学院の暦本純一教授のもとで学んだ経歴を持つ。ベースとなる研究はHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)。人間とコンピュータの情報に関する相互作用を促進する仕組みを考える研究領域だ。今や誰もが使うコンピュータのキーボードやマウス、タブレット端末のマルチタッチ入力などもこの研究による成果である。

 さまざまなツールが開発され、人間とコンピュータのコミュニケーションが大きく発展した今、玉城さんが注目したのが目に見えない世界……つまり触感的体験だった。

「学生時代に長期間入院した経験があって、引きこもりがちな私にとっては快適な生活だったのですが、それでもリアルな体験が減ったことがつらかったんです。その経験がBodySharingの発想の原点かもしれません。コロナ禍ということもあって、今注目しているのは観光分野です。先日は、株式会社NTTドコモと共同で遠隔操作のカヤックロボットを開発し、沖縄のマングローブでのカヤック体験を遠隔地からリアルに楽しむ実験を行いました。5G通信が普及すれば遅延がほぼなくなり、ストレスのない身体所有感、身体主体感が得られる手応えを感じています」

 H2L社では、コロナ禍におけるリモートワークで活用するデバイスも開発している。それがリモートワーカーの映像や動きを透過ホログラムに投影するシステム「HoloD(ホロディ)」だ。映し出されたリアルな映像には臨場感があり、その人が現場にいるような安心感を与えてくれる。

「以前から、これからはリモートワーク主流になり、人は移動をしなくなると予言していて、今回のコロナ禍で本当に世の中がそうなってしまいました(笑)。私はこの状況をポジティブに捉えて、BodySharingの技術を用いて、家にいながらより豊かな体験ができる世界をつくりたい。例えば、リアルとバーチャルの世界で10体のアバターを操れれば、人生を10倍楽しむことができるかもしれません。Instagramで写真をシェアするように、旅行などの身体的な体験を友だちとシェアできる未来を、新たなデジタルデバイスで実現できたらおもしろいなと思っています」

玉城絵美

早稲田大学大学院
創造理工学研究科 准教授
H2L株式会社 創業者

2008年、筑波大学大学院システム情報工学研究科修士課程修了。2011年に、コンピュータからヒトに手の動作を伝達する装置「PossessedHand」を発表。分野を超えて多くの研究者に衝撃を与え、米『TIME』誌が選ぶ世界の発明50に選出。同年には東京大学で総長賞受賞と同時に総代を務め、同大大学院学際情報学府で博士号を取得。2012年、H2L株式会社を設立。2013年より早稲田大学人間科学学術院助教。2017年より現職。

H2Lが保有するBodySharingの技術とNTTドコモによる次世代の移動通信方式5Gを用いて、遠隔操作のカヤックロボット実験を行った。

アクリル製のパネルに映像や動きを投影する「HoloD(ホロディ)」。表情やしぐさもわかるため、他者とコミュニケーションを図るうえで93%もの役割を果たすという非言語による伝達を補助してくれる

触感型ゲームコントローラ「UnlimitedHand」。腕に巻いてプレイするだけで直感的にゲームを操作することができる