Special Interview

宇宙航空研究開発機構(JAXA)
宇宙科学研究所
宇宙機応用工学研究系

久保田 孝
教授

知能を持つ惑星探査ロボットが
人類の新たな宇宙を切り拓く

小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載された惑星探査ロボット。
そこには、自律的に判断し行動できる知能が内蔵されている。
進化する人工知能は、宇宙の領域にも活躍の場を広げている。

 目の前には、どこか遠い惑星の風景が広がっていた。まるで映画で観たような砂の惑星̶̶。ここは日本の宇宙開発拠点JAXA(宇宙航空研究開発機構)の相模原キャンパスにある研究施設(宇宙探査実験棟)。小型人工衛星のような黒い物体を手にしているのは、JAXA宇宙科学研究所宇宙機応用工学研究系の久保田孝教授だ。

「私が持っているのは、小惑星探査機『はやぶさ』に搭載されていた惑星探査ロボットMINERVA(ミネルバ)のエンジニアリングモデルです。21世紀は、人類が月や惑星など太陽系を舞台にまったく新しい文明圏を創造する時代になると期待されています。近い将来、人類が月や火星で生活する日が来るのも夢ではありません。そこで私たちは、小惑星の表面探査を行う自律型知能ロボットを開発しています」

 1993年に宇宙科学研究所(現JAXA)に入所した久保田教授は、初代「はやぶさプロジェクトの構想から開発、2003年の打ち上げ、2010年の帰還まで全工程を最前線で見てきた。現在、進行中の「はやぶさ2」プロジェクトにおいては、スポークスパーソンとして、広報活動や若手研究者へのアドバイスを行っている。

 MINERVAのような惑星探査ロボットは、「ローバ」と呼ばれ、月や火星の探査用に各国でさまざまなタイプが開発されている。初代「はやぶさ」プロジェクトでは、残念ながら小惑星イトカワへのタッチダウンを果たせなかったMINERVAだが、現在は「はやぶさ2」プロジェクトで、改良版のMINERVA-Ⅱ1が小惑星「リュウグウ」の表面探査ロボとして大活躍している。

「初代『はやぶさ』プロジェクトでめざした小惑星イトカワは、地球から3億キロ離れていて、大きさは直径500メートルほどしかありませんでした。イトカワへのタッチダウンは、東京にいながら博多上空の0.1ミリの的を射抜くようなもの。遠隔操作は困難を極め、結局、『はやぶさ』から放出されたMINERVAは、イトカワに着地できませんでした。こうした状況を経験した私たちは、現場で自律的に判断できる知能探査ロボットの必要性を痛感したのです」

 3億キロ離れた宇宙の彼方にある惑星探査ロボットを地球から遠隔操作するには、指令の通信に往復30分を要する。30分もあれば、現場の状況は当然ながら変わってしまう。そこで、高度な知能を搭載したロボットの出番となる。探査の目標を指示したら、自らカメラやセンサで環境を把握し、岩やクレータを避け、安全な経路で目的地に到着。価値のありそうなサンプルを選んで観測し、地球にデータを送信する̶̶久保田教授がめざすのは、そんな探査ロボットだ。

「月や惑星といった過酷な環境で活躍するためには、熱や放射線に耐えるだけでなく、効率よく確実に探査を行うための賢さが要求されます。ソーラー発電を維持するために日陰を避けたり、熱くなったら少し休んだり……ロボット自身が考えて行動するわけです。つまり、人間と一緒ですよね(笑)」

 少年時代、宇宙が大好きだった久保田教授は、大学・大学院で知能ロボットの研究に没頭する。その後、企業の研究者として現在の人工知能研究につながる分野の先端研究に携わるなかで、宇宙とロボットをつなぐ現在の研究テーマと出会った。久保田教授にとって宇宙探査の魅力は、人類が想像もしない新しい世界を見せてくれること。知能ロボットの活躍の場はますます広がっている。

「宇宙空間はどんどん身近になっています。皆さんが大学に入る頃には、学生が『マイサテライト』を打ち上げるのが当たり前になっているかもしれません。現在、日本国内の大学でも世界レベルの宇宙研究に携われるチャンスはたくさんあります。実際、MINERVAの構造も当時の大学院生が考えたものです。自分のアイデアが、宇宙に飛び出す時代がすでに到来しているのです!」

久保田孝(工学博士)

宇宙航空研究開発機構(JAXA)
宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系
教授

1991年東京大学大学院工学研究系博士課程修了。1991年~1993年、富士通研究所にて画像認識の研究に従事。1993年文部省宇宙科学研究所(現JAXA)に入所し、ロケットの姿勢制御、探査ローバの研究、宇宙プロジェクトに従事する。1997年~1998年NASAジェット推進研究所客員科学者。小惑星探査機「はやぶさ」では構想段階から検討に加わり、探査機の航法誘導制御を担当した。また日本初の探査ローバ「MINERVA(ミネルバ)」の開発にも従事。現在、東京大学大学院工学系研究科 教授 併任。JAXA宇宙探査イノベーションハブ長兼務。

「はやぶさ2」に搭載された惑星探査ロボットMINERVA-Ⅱ1が撮影した小惑星「リュウグウ」の画像 ©JAXA

小惑星探査機「はやぶさ2」。小惑星「リュウグウ」探査の様子は、JAXAの「はやぶさ2プロジェクト」公式サイトで確認できる©JAXA
http://www.hayabusa2.jaxa.jp/

初代「はやぶさ」に搭載されていた惑星探査ロボットMINERVAのエンジニアリングモデル。車輪がない形状は、当時の研究メンバーだった大学院生の発案だった