Professor

白石 幸英

山陽小野田市立 山口東京理科大学

工学部 応用化学科 教授
超分子化学

ナノサイズの「魔法のドーナツ」が
身近な生活の“未来”を変える!

直径約1ナノメートルの穴を持つ
シクロデキストリン

 「ナノテク」という言葉もすっかり一般的になった。ナノメートル=10億分の1メートルの世界では、実に多彩な研究開発が行われており、皆さんの身の回りの食品、化粧品、電化製品などのものづくりを支えている。そんなナノテクに用いられる物質のひとつにシクロデキストリンがある。通称「魔法のドーナツ」。直径約1ナノメートルの穴を持つこの物質はすでに幅広く私たちの生活に入り込んでいるのだという。
 「シクロデキストリンは、シクロ(環状)とデキストリン(オリゴ糖)の合成語で、環状オリゴ糖とも呼ばれています。ブドウ糖が連なってできたオリゴ糖の両端がつながって、輪になっているのが特徴で、その空洞の外側は水に馴染むのに対し、内側は油に馴染むため、油溶性物質を包み込めるという面白い性質を持っています。当研究室では、このシクロデキストリンを使って、さまざまな化学物質を合成しています。これは超分子化学と呼ばれるナノワールドの研究分野です」

シクロデキストリンと
無機ナノ粒子のハイブリッド

 シクロデキストリンと無機ナノ粒子のハイブリッドシクロデキストリンの応用例として、最も身近なのは、「消臭スプレー」や「高濃度カテキン茶」だろう。
 消臭スプレーは、メチル化シクロデキストリン約1%と微量の香料のみの水溶液。「魔法のドーナツ」が悪臭物質を包み込むことで消臭効果が得られる仕組みだという。また、高濃度カテキン茶においては、茶カテキンの渋味成分を「魔法のドーナツ」がオブラートのように包み込み、口当たりを滑らかにしているのだとか。このように化学の視点でモノを見ると日頃見かける商品もまったく印象が変わってくるから面白い。
 白石研究室でもこれまでに多様なシクロデキストリンの応用研究を行ってきた。これらはハード応用、ソフト応用に大別できる。
 ハード応用とは、主に工業製品への応用。有機材料のシクロデキストリンと無機材料の金属や酸化物を複合させた“有機無機ハイブリッド”のナノ粒子を用いた液晶ディスプレイがその代表例だ。これは、従来の液晶と比べ、消費電力が少なく、高速の応答が可能なのが特長。現在、試作機の開発が進んでいる。
 一方、ソフト応用では、シクロデキストリンでプラチナ(白金)を包み込んだ白金ナノ粒子を用いたサプリを開発。これにコエンザイムQ10(CoQ10)を包接させ、抗酸化作用によるアンチエイジング効果を持たせることに挑んだ。研究室発のサプリ「白金スーパーナノコロイド」は、発案した学生と特許出願も行った。
 さらに、現在はシクロデキストリンの農業応用という新たな挑戦も始まっている。注目したのは、野菜に多く含まれるカリウムを除去する働き。近年、増加傾向にある慢性腎臓病の患者は、体内のカリウムを十分に排出できず、心不全などの危険にさらされている。そこで、水耕栽培の肥料としてシクロデキストリンを用いることで、カリウム含有率の低い野菜を育てることが可能になるという。また、シクロデキストリンで活性酸素除去ナノ粒子を作成する技術を用いて、抗酸化力の高い野菜を栽培する実験にも取り組んでいる。

シクロデキストリンの分子模型。中央の穴は直径約1ナノメートル。ここに油溶性物質を包み込む

超分子化学の専門テーマを究めれば
“世界初”の発見も夢じゃない!

化学はものづくりの
セントラルサイエンス

 研究アイデアの尽きない白石教授に、改めて「化学」という学門の面白さを聞いた。  「化学の魅力は、身近に“世界初”のチャンスがあること。私の専門である超分子化学は、言わば炭素、酸素、水素の組み合わせの学門なのですが、微妙な割合を変えるだけで無限の可能性があります。また、化学の基礎研究で鍛えた実験スキルや課題解決のアプローチ手法は、幅広い職業で役立ちます。研究室の卒業生は、化学メーカーや医薬品メーカーをはじめ、実に多彩な業界で活躍しています」
 化学は、ものづくりの基盤となる「材料産業」を支えるセントラルサイエンス。化学分野における日本の技術は、現在も世界的に注目されている。専門の研究テーマを究めれば、あなたも“世界初”を生み出せるかもしれない。

シクロデキストリン保護ナノ粒子を用いた液晶画面。応答速度が速く、省エネ効果も期待できる

でき上がったナノ粒子を構造解析する走査型電子顕微鏡。大学には、他にも最新の化学実験を可能にする分析機器が揃っている

超分子化合物を電子顕微鏡で見た際のサンプル。図はククルビツリル保護した銀ナノワイヤー

※インタビュー内容は取材当時のものです。