Special Interview

海洋研究開発機構
深海・地殻内生物圏研究分野

高井 研
研究員

漆黒の深海から40億年前の
「生命の起源」をすくい上げる

生命はこの壮大な宇宙のどこから来たのか?
研究者は深さ6500メートルの深海にその答えを求めた。
そして、海底からすくい上げたミクロの微生物に何を見たのか?

 しんかい6500―。海洋研究開発機構(JAMSTEC)が擁する水深6500メートル まで潜れる有人潜水調査船である。まだ見ぬ漆黒の深海に人は何を探し求めるのか? その答えは、奇妙な姿をした未知の生物……ではなく、「生命の起 源」なのだという。
 「私が知りたいのは、地球の生命の限界です。その手段として、人間が到底たどり着かない深海の極限環境に生きる微生物を研究しています。微生物は、高温、高圧、強酸性、強アルカリ性など、どんな苛酷な環境においても存在します。そこには、生命の仕組みや誕生の謎を解き明かすヒントが必ずあるはず。私は深海の極限環境で生きる微生物から40億年前の地球の生命のあり方を探ろうとしているのです」
 そう語るのは、JAMSTECの研究員で、宇宙生物学者、地球生物学者の高井研氏。「しんかい6500」に乗り込み、世界中の海の最深部で研究にあたっている。JAMSTECの目的は「海の研究によって地球を理解するための『知』を築き上げること」。そのため海だけでなく、海底の地殻やマントル、海洋生物やその生命現象を包括的に研究している。そして、この成果は宇宙の謎を解くことにもつながるという。
 「この宇宙には、地球のような表面に海のある星は実は少なくて、ほとんどが深く暗い海が氷に覆われた世界になっています。ただ、そこにも地球の深海と同じ法則が当てはまると仮定すれば、私たちの研究はこの星だけでなく、大きな宇宙全体の生物現象を理解するために役立つのではないかと考えています」
 深海6500メートルの暗黒世界から宇宙全体の生命の謎に迫る―。トップ研究者のイマジネーションは宇宙の壁も軽々と超えていく。

 そんな高井氏の学びのルーツは、京都大学農学部水産学科での研究の日々。そこで出合ったのが、超高温の環境でも生き延びられる「超好熱菌」の研究だ。生命の起源を解き明かす旅はこのときすでに始まっていたのだ。「300ºCを超える深海熱水に我々が知らない生命の限界があるのでは? という現在の研究につながる着想は、学部時代から持っていました。当時、110ºCの超高熱環境が生命の限界と考えられていましたが、私は『しんかい6500』を使ったインド洋での調査で、122ºCの環境でも生きられるメタン菌を発見。これは現在の世界記録になります」
 高井氏がこのメタン菌を発見したのが、水深2000メートルを超える 海底にある深海熱水噴出孔。煙突のような形状から「チムニー」と呼ばれている。深海で生きる微生物たちは、チムニーから吹き出る熱水に含まれるエネルギー物質を食べて生きているという。こうした超好熱菌は、地球最古の生命と考えられており、この深海の熱水こそ地球生命の起源かもしれないと高井氏は考えている。
 「生命の起源の答えは、自分の中ではほぼ出ています。自分の日々の研究と世界中の研究者たちが築き上げた成果がすっとつながり、ひとつの体系知をつくり出す瞬間があるのです。それを私は“科学的な解脱”と呼んでいます。しかし、実際に深海に潜って、答え合わせをしてみるとぜんぜん違ったりする(笑)。理論的には、海のことをすべてわかったと思っていた自分の想像力がなんて小さいのだろうと思い知らされる。その圧倒的な“すごさ”が 深海調査を続ける原動力になっています。知れば知るほど深海や宇宙の壮大さに打ちひしがれ、それが生きているという実感につながる。大げさかもしれないけれど、それがこの世界の真理を追究する研究者の醍醐味なのではないでしょうか」

高井 研

国立研究開発法人 海洋研究開発機構
深海・地殻内生物圏研究分野分野長農学博士

1997年、京都大学大学院農学研究科水産学専攻博士課程修了。同年より独立行政法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者に。日本学術振興会特別研究員、科学技術振興事業団科学技 術特別研究員などを経て、2014年より深海・地殻内生物圏研究分野分野長。深海や地殻内といった極限環境に住む微生物の研究や、その生態系の仕組みなどを解明する。

深海熱水噴出孔・チムニーの模型。横須賀本部の海洋科学技術館で見学できる (右)インド洋の深海熱水活動域に生息するスケーリーフット。足の表面が硫化鉄の鱗で覆われている ©JAMSTEC

インド洋中央海嶺かいれいフィールドで発見された、世界最高温度の122ºCでも生きることができる超好熱メタン菌 ©JAMSTEC

水深6500メートルまで潜水可能な有人潜水調査船「しんかい6500」。潜水回数はこれまでに1400回を越える ©JAMSTEC

微生物の遺伝子や深海サンプルを、マイナス150ºC以下の液体s窒素タンクで保存する