Special Interview

大阪大学

石黒浩
教授

人と関わる
理想のロボットを追求する

 石黒教授は自らを「ロボット工学」ではなく「ロボット学」の研究者だという。その理由は、研究の目的にある。教授が目指しているのは、ロボット開発ではなく、ロボットを通じて人間を理解することだ。細部まで「人そっくり」にこだわるロボット開発により、人が何に人としての存在感を感じているのかがわかってきたという。

 人間とロボットが違和感なく共存する。そんな未来の人間社会を支える知的システムの実現を目標に研究を進めています。具体的には、センサ工学、ロボット工学、人工知能、認知科学を基礎として、知覚情報基盤と知能ロボット情報基盤の研究開発に取り組み、その成果に基づいて人間と豊かに関わる人間型ロボットを創成します。
 知覚情報基盤とは、多種のセンサからなるセンサネットワークを用いて、そこで活動する人間やロボットの知覚能力を補い、その活動を支援する情報基盤です。知能ロボット情報基盤とは、人間との相互作用を通じて、ロボットが持つ多様なモダリティや存在感を生かした情報交換を行う基盤です。
 人間と豊かに関わる人間型ロボットの開発は、「人間とは何か」という基本問題と常に密接に関わります。そのため街角や病院などの実社会の中に実験フィールドを構築し、人と関わるロボットの社会実験に積極的に取り組んでいます。
 これまでに人間らしい動作を特長とする女性アンドロイド、人間らしい対話を実現したジェミノイド、人間のミニマルデザインに挑戦したテレノイドなどを開発してきました。女性アンドロイドは、人間に見かけも動きも酷似したヒューマノイドロボットです。実在の人間から型取りして成形された医療用シリコンで覆うことにより、自然な存在感が実現されています。2006年には私自身にそっくりなジェミノイドを発表しました。このジェミノイドとの遠隔操作による会話を体験した被験者は、それがロボットであることを理解していても、人としての存在感を感じるようです。テレノイドでは、人の目鼻口の平均的な特徴だけを抽出し、人間としての最低限の形を追求しました。無個性なテレノイドに、人は自分にとって心地よい相手を投影します。だからテレノイドは、誰にでも受け入れられ、特に高齢者はテレノイドとの対話を好みます。

 人と関わるロボット、人にそっくりなロボットをつくろうとすると、どうしても「人とは何か」を突き詰めることになります。人間らしい見かけや動きに始まり、人間らしい知覚、対話、発達、動作原理から社会関係へと私の関心領域はどんどん広がっています。同時に、人間に対する理解が、ほとんどなされていないことに気づきます。例えば、人間の「意識」「心」「感情」とは何でしょうか。大人がよくいう「人の気持ちを考えなさい」という言葉も、一体何を定義しているのかがさっぱりわからないでしょう。
 そこで大切なのは知ったかぶりをしないことです。世の中はわからないことだらけであると認識を改める。実際、人の命の価値さえも明らかではないのです。毎年、何千人もが交通事故で亡くなっているのに、自動車に乗ることを人は一向にやめようとしないし、いつまで経っても戦争は終わらない。「命にはかけがえのない価値がある」などと言われて簡単に納得してはいけない。命の価値とは、自分で必死になって見つけるべきものです。
 人とは何かを問い続けること、人を理解することが、これからのものづくりにおいては決定的に重要です。今後のものづくりは、認知科学、脳科学、心理学から社会行動学など、人を対象とする学問領域と密接に関わりながら進めていかなければなりません。ロボット研究は、その最先端を行く科学分野なのです。

石黒 浩 教授

大阪大学特別教授/ATR石黒浩特別研究所客員所長

大阪大学基礎工学研究科博士課程修了、工学博士。社会で活動するロボットの実現を目指し、知的システムの基礎的な研究を行う。ロボット/アンドロイド研究においては世界的に知られる研究者の一人。2011年に大阪文化賞を受賞。また、2015年には文部科学大臣表彰、及びシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞を受賞。

人間としての必要最小限の見かけと動きを備えた「テレノイド」を抱くと、自然に気持ちが和らぐ。

人間らしい対話を実現する、石黒先生そっくりなジェミノイドは、教授の代わりに講演を務めることがある。石黒先生によれば「生身の私が講演するより聴衆に喜ばれることもある」そうだ。

実在する女性をモデルに作られたジェミノイドFを使い、百貨店で接客販売実験が行われた。その売上は、同じフロアの女性販売員19人中6位と好成績を残している。ポイントは「情報処理による成果を提供することでロボットの良さを訴求し、人間らしい容姿を利用して客をほめる戦略を取ったこと」と研究員の渡辺氏は語る。

※インタビュー内容は取材当時のものです。