Professor

井上秀雄

神奈川工科大学

創造工学部 自動車システム開発工学科 教授
自動車制御工学

自律運転知能システムが描く
高齢者とクルマの新しい世界

ドライバーとクルマが
協調して安全運転を実現

 天井の高いガレージには、神奈川工科大学のロゴステッカーがさりげなく貼られたクルマが並んでいた。いずれも市販車だが、内部には大きなコンピュータやさまざまなセンサー、液晶モニタなどが搭載されている―。

 これは、神奈川工科大学創造工学部自動車システム開発工学科の井上秀雄教授の研究チームが開発している、自律運転知能システムを搭載したクルマ。AI(人工知能)を搭載した自動運転車とはコンセプトが異なるという。

「自動運転車の無人走行を目標としているのに対し、私たちがめざすのは、ドライバーとクルマが協調しながら安全運転を実現するシステムの開発です。運転は本来、それ自体が楽しいもので、持ち主の世界を大きく広げてくれます。私たちは、この自律運転知能システムを高齢者の自立支援に役立てようと考えています」

 井上教授の研究テーマは、「超成熟社会に向けたクルマの知能化」だ。クルマは高齢者にとって欠かせない日常の足。特に公共交通機関が十分に機能していない地域社会では、クルマの有無が生活の質を左右する。しかし、身体能力の低下に起因する高齢ドライバーの事故リスクは社会問題になりつつある。

運転寿命の延伸は今後の
日本社会のキーワード

「現在、日本では交通事故の総数は減少傾向にあるものの、高齢者が起こした事故の割合は増加しています。ならば、高齢者の免許を取り上げればいいかというと問題はそれほど単純ではありません。運転の中止は、その後の要介護状態への進行を早める可能性があるとも言われています。健康寿命だけでなく、運転寿命の延伸も今後の日本社会のキーワードなのです」

この社会課題の解決に向け、井上教授が取り組んでいるのが、以下の3テーマだ。
①「先読み運転知能」の開発
②「人間機械協調」技術
③ 日本版 産学官連携構築

 まず、①の「先読み運転知能」を支えているのが、「ヒヤリハットデータ」(東京農工大学 所有)と呼ばれるもの。「ヒヤリ」としたり、「ハッと」したりする事例を集めて、データベース化したものを指す。決してダジャレではなく、サイエンスの世界では、広く使われている用語だ。

 「地方の道路は、現在の高速道路向けの自動運転技術だけでは対処できない課題がまだまだたくさんあります。見えない陰からの歩行者の飛び出しや前方のクルマの急停止など、起こり得るリスクを予想して対応する言わば『かもしれない運転』の技術が必要です。そこで、10万件を超えるヒヤリハットデータを蓄積した情報モデルを用いて、リスク予測を行います」

 ②の「人間機械協調」技術は、英訳すると「Shared Control」。熟練ドライバー並の運転能力を持つシステムが、高齢ドライバーの運転能力低下の度合を察知し、支援の程度を決定する仕組みになっている。ドライバーは運転知能に支えられながら、いつも通りのドライビングフィーリングを味わうことができるという。

Shared Controlが、ドライバーの運転操作をより安全で滑らかなものに導く

新たな技術が社会を変えていく感動を
学生たちにも味わってほしい!

JSTの支援に採択された
日本版 産学官連携構築

 こうした開発の基盤となるのが、③で掲げた「日本版 産学官連携構築」だ。井上教授は、トヨタ自動車で約30年間、車両制御システムの開発に携わってきた。今ではどのクルマにも標準装備されているABS(アンチロックブレーキシステム)やVSC(横滑り防止装置)などの先進技術を世界に向けて発信してきた実績をもつ。その経験とネットワークを駆使して、現在、この研究は神奈川工科大学だけでなく、東京大学、東京農工大学、トヨタ自動車などによる共同プロジェクトとして進められている。このプロジェクトは、2010年度に、JST(科学技術振興機構)が支援する戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)に採択されている。

「2011年から6年開発を続け、さらに3年かけて実証実験を進めています。私は、ABSやVSCといった安全支援システムの開発から実用化へのプロセスを経験してきました。私たちが手がける自律運転知能システムも実用化に向けた研究段階に入っています。新たな技術が社会を変えていく感動をこのプロジェクトに携わる連携機関や学生たちと共有したいと思います」

神奈川工科大学自動車工学棟の車両実験実習室に並んだ「自律運転知能システム」搭載車。トヨタ「プリウス」などの市販車をベースに開発している

実験車両に搭載されたコンピュータ、センサーなど。安全走行のためのさまざまな頭脳がここに詰まっている。後部座席には、センサーが取得した情報を表示する液晶モニタも確認できる

実験車両の運転席には、カメラも搭載されている。カーナビの地図情報や車載カメラの画像データを利用したコンパクトな環境認識技術を用いて、ITインフラが整備されていない地方エリアでも活用できる運転支援システムの実現をめざしている

※インタビュー内容は取材当時のものです。