Professor

増成 和敏

芝浦工業大学

デザイン工学部 デザイン工学科 教授
生産・プロダクトデザイン系

生活を変えるプロダクトは
デザインの歴史から生まれる

人の暮らしをデザインする
プロダクトデザイナー

 「デザイナー」と聞くと、どういうイメージを抱くだろうか? 絵が得意で、色彩感覚にも優れていて―。たとえば美術大学を卒業した人が就く職業だと考える人もいるだろう。
 しかし、幅広い製品をデザインする「プロダクトデザイナー」には、これは必ずしも当てはまらない。芝浦工業大学デザイン工学部デザイン工学科の増成和敏教授はそう語る。「プロダクトデザイナーの仕事とは、製品のデザインを通して、人の“暮らしをデザイン”すること。その製品のデザインが人々の暮らしにどう関わり、どのような変化をもたらすかを考えていく感覚が重要です。そして作品ひとつをつくって終わり、ではない。よりたくさんの人に製品を使ってもらうため、材料やコスト、製造工程も含む製品化のための計画を考えることも求められてくる。芸術的視点だけでは成り立たない。ものづくりの全体像を理解する、工学的な知識と思考が欠かせない職業なのです」

未来は過去からつながるもの
そこに次世代のデザインがある

 プロダクトデザインを多角的に理解するには、「製品のデザイン史」を学ぶ必要があると考える増成教授。実は現職に就く以前、パナソニック株式会社のプロダクトデザイナーとして、カーオーディオや液晶テレビの立ち上げに携わってきた経歴がある。そんな増成教授がデザイン史の研究をはじめたきっかけが、2006年に経済産業省が創設した『新日本様式』だ。
 『新日本様式』がめざしたものは、日本の伝統文化と先端技術を融合させ、“新しい日本らしさ”を提唱すること。この立ち上げに事務局員として参加した増成教授は、日本全国から集められた数多くの伝統的なプロダクトデザインに触れたことで、改めて歴史を知ること、過去から学ぶことの大切さに気づいたという。
 「デザイナーとはどうしても、まだ世界にないデザインを生み出したい、と考える生き物。私も若い頃はそうでした。しかしデザイン史を深く見つめていくと、本当の意味での“新しいデザイン”なんてものは無いということに気づかされます。どれだけ斬新なデザインでも、それは先人のアイディアや工夫の積み重ねの上に成り立っていることが見えてしまうのです」
 製品がどのようなデザインを辿って現在の形となったのか。その時代ごとのデザインは、どのようなニーズや社会情勢を背景として生み出されたのか。デザインを理解するためには、この2つの側面をしっかり見なければならない。増成教授はそれぞれを、デザインの「文脈」、デザインの「周辺」として、デザイン史を学ぶための重要な着眼点としている。

増成教授が著者として執筆した「プロダクトデザインのためのスケッチワーク」。実際に講義でも使用している。商品や企画を視覚化し、相手に伝えるためのスケッチの手法が詰め込まれた1冊

「人間は専門化されていないという点で専門家である」

人間の強みである総合力が
デザイナーに必要な力

 「デザイン史とは、時代ごとのデザイナー達が積み重ねてきたアイディアや発想の連なりです。過去から現代につながるプロダクトデザインの変遷を理解することで、その先に続く未来が見えてくる。そこには必ず、次世代のデザインのヒントが眠っています」
 増成教授もデザインの「文脈」という流れの中で、デザインの「周辺」を見つめながら、30年間にわたって最前線でプロダクトデザインの歴史を積み重ねてきた当事者である。
 「学生時代に先生に言われて印象的だった言葉があります。それは、『Man is specialist who is not specialized.=人間は専門化されていないという意味で専門家である』というもの。人間は猿ほど上手に木に登れないし、チーターほど速く走れない。とはいえ木には登れるし、走ることもできる。特化した個性や専門性はないけれども、幅広いことを柔軟にこなす総合力こそが人間の強みであるということです」
 「これはプロダクトデザイナーという職業にも当てはまります。アイディアを生む想像力、アイディアを形にするデザイン力、デザインを大量生産し社会に届けるものづくりの技術。こういった多彩な能力の背景には、まさに人間の 総合力があるのです」

研究室の生徒のスケッチ。「見る」力を鍛えて、気づいたことをコメントに残すことも重要

パナソニック在籍時代に増成教授がデザインした「αTUBE」はグッドデザイン大賞を受賞した

パナソニックのデザイン社内報や、当時の最先端デザイナーの講義メモをデータとして活用できるのも、増成教授の研究室ならではの魅力だ

※インタビュー内容は取材当時のものです。