Professor

小松 晃之

中央大学

理工学部 応用化学科 教授
生命分子化学

深刻化する輸血用血液不足
人工血液が日本の未来を救う!

約10年後に年間100万人分の
血液が不足する時代が来る!?

 輸血用の血液はたったの3週間しか保存できないことをご存じだろうか?
 そのため、いくら献血をしても大規模な自然災害が起きた場合、血液は確実に足りなくなってしまう。さらに、少子高齢化により若い世代の人口が減ると輸血のシステムを維持することも難しくなる。日本赤十字社の推計によると今から約10年後の2027年には、年間89万人分の血液が不足するとも言われている。病院に行っても輸血する血液がない時代が来るかもしれない……。そんな日本の深刻な課題に挑む研究が中央大学で行われている。理工学部応用化学科の小松晃之教授の研究室が取り組む人工血液HemoAct™(ヘモアクト)の開発だ。
 「血中で酸素を運ぶのは、赤血球の中に袋詰めにされたヘモグロビンというたんぱく質です。この袋は3週間しかもたないため、赤血球は使えなくなりますが、ヘモグロビン自体は酸素を運ぶ機能を失いません。そこで私たちはヘモグロビンを取り出して、人工的に酸素運搬体をつくる方法を考えたのです」
 ヘモグロビンの大きさは5nm(ナノメートル=10億分の1m)。非常に小さい分子なので、血管の細胞のすき間をすり抜けてしまい、これが原因で血圧上昇などの副作用が起きると考えられている。もともとヘモグロビンは赤血球の中に袋詰めにされたもの。ヘモグロビンだけを血中に流しても機能しないのだ。そこで小松教授は、同じ血液に含まれるアルブミンというたんぱく質とヘモグロビンを結合。アルブミンでヘモグロビンを包み込んだ構造体を化学的に合成した。
 「HemoAct™の特徴は保存期間が長いこと。それ自体が安定した構造なので、フリーズドライで粉末にして保存することも可能です。さらに、血液型を決める物質を含まないため、血液型を問わず誰にでも使用できます。実用化されれば、救急医療の質を格段に向上させることができるでしょう」

ヘモグロビンにアルブミンを結合
アルブミンは微細ながら、血管から漏れ出さない性質がある。小松教授はここに着目し、1つのヘモグロビン分子を3つのアルブミン分子で包み込むように結合させることで血管に留まる人工血液を開発した。

人工血液は研究室を飛び出し
国際宇宙ステーションへ

「 人工血液はもうやめよう」
最後の実験だったHemoAct™

 小松教授が人工血液という研究テーマに出合ったのは学生時代のこと。研究室担当の恩師が日本における人工血液のパイオニアで、自らも学部時代から20年以上、同じ研究を続けてきた。しかし、実用化への道のりは想像以上に遠いものだった。中央大学理工学部で自分の研究室を持ったときには、「人工血液はもうやめよう」とも考えていたという。
 「昔から凝り性なんですよね。一度決めたら諦められない……というか諦めるタイミングが他の人より遅い(笑)。そんな状況で、中央大学で2012年に『これで最後だ』と思って取り組んだのが、ヘモグロビンとアルブミンを結合する実験だったんです。やはり諦めずに自分を信じて継続することが大事ですね」
 HemoAct™の成果は大きな反響を呼び、新たな挑戦が多角的に展開されている。ひとつは動物用人工血液の開発。ウシの赤血球から取り出したヘモグロビンをイヌのアルブミンで包み込んだ構造体を作製し、すでに動物実験で副作用がないことが確認されている。もうひとつは、ISS(国際宇宙ステーション)の船室でHemoAct™のX線結晶構造解析のための結晶をつくるJAXA(宇宙航空研究開発機構)との共同研究プロジェクト。無重力の宇宙空間では地上よりもきれいな結晶ができるため、細かい構造を原子レベルで解き明かすことが可能だ。
 「こうした研究の根底にあるのは化学です。この世の物質や現象はすべて化学で説明できるはずです。化学によって、本質を理解すれば、生命に関わるあらゆるものを人工的につくり出せるかもしれません。こんなワクワクする研究分野はなかなかないですよね? 私も5年後のHemoAct™実用化をめざして、慢心せず研究を続けていくつもりです」

人工血液の作製に使用する遠心分離器。研究室では、人工たんぱく質や医療分野で役立つ機能性材料の開発にも取り組んでいる。

国際宇宙ステーションで合成したHemoAct™の結晶。JAXAとの共同プロジェクトにより、HemoAct™は油井亀美也宇宙飛行士と一緒に宇宙空間に旅立った。

HemoAct™精製過程の実験の様子。化学の深い知恵が生命の謎に挑む瞬間である。

※インタビュー内容は取材当時のものです。